東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)203号 判決 1990年2月22日
東京都練馬区大泉町三丁目三一番三四号
原告
一條常也
右訴訟代理人弁護士
野村政幸
大阪市西成区南津守六丁目五番五三号
被告
株式会社オーエス
(旧商号 オーエススクリーン株式会社)
右代表者代表取締役
奥村昭之助
右訴訟代理人弁理士
柳野隆生
主文
特許庁が昭和六二年審判第一九八三二号事件について昭和六三年七月二八日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
主文同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「視聴覚教育におけるスクリーン傾斜装置」とする特許第九五五五二二号発明(昭和四九年一二月二八日出願、昭和五三年八月三〇日出願公告、昭和五四年五月三一日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告は昭和六二年一一月九日原告を被請求人として本件発明について特許無効の審判を請求し、昭和六二年審判第一九八三二号事件として審理された結果、昭和六三年七月二八日、「特許第九五五五二二号発明の明細書の特許請求の範囲に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年八月二五日原告に送達された。
二 本件発明の要旨
天井等1に斜設して取り付けた固定板2に枢支せられた伸縮自在連杆3、3・・・の下端部をスクリーン4の下端部に定着せしめ、このスクリーン4を拡開した時、投影機5よりの投光中心線6が直角に投影できるようにしたことを特徴とせる視聴覚教育におけるスクリーン傾斜装置
(別紙図面(一)参照)
三 審決の理由の要点
1 本件発明の要旨は前項記載のとおりである。
2 これに対して、米国特許第三、七五〇、九九五号明細書(以下「第一引用例」という。)には、スクリーンを拡開した時、投影装置よりの投影光中心線をスクリーン面に直角に投影することにより投影画像に歪みを生ぜず正確な映し出しができるようにするため、天井14より吊下げられ、かつ斜設して固定できるように取り付けたアングルブラケツト26にボルト24で枢支せられた伸縮自在支柱20の下端部をスクリーン18の下端部に定着せしめたスクリーン傾斜装置(別紙図面(二)参照)が、米国特許第三、五九二、二五五号明細書(以下「第二引用例」という。)には、天井より吊下げられたスクリーンケーシング12の横板30に枢支せられた伸縮自在連杆22、52、24の下端部をスクリーン14の下端部に定着せしめたスクリーン装置(別紙図面(三)参照)が、それぞれ記載されている。
3 本件発明と第一引用例記載のものとを対比すると、本件発明の「斜設して取り付けた固定板」と第一引用例記載の「斜設して固定できるように取り付けたアングルブラケツト」とは機能において同じであり、表現上異なるだけの同一のものと認められるから、両者は、スクリーンを拡開した時、投影装置よりの投影光中心線がスクリーン面に直角に投影できるようにしたスクリーン傾斜装置において、天井等に斜設して取り付けた固定板に枢支せられた伸縮自在部材の下端部をスクリーンの下端部に定着せしめた点で一致し、伸縮自在部材が、本件発明では伸縮自在連杆であるのに対して第一引用例記載のものは伸縮自在支柱である点で相違するものと認められる。
前記相違点について検討する。スクリーンを開閉させることができるために伸縮自在連杆を用いることは第二引用例に記載されており、第一引用例記載の伸縮自在支柱に代えてこのような伸縮自在連杆を用いることに格別な困難を要するものとは認められないから、相違点に係る本件発明の構成は当業者が容易になし得たものというほかない。
4 したがつて、本件発明は、第一引用例及び第二引用例に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は特許法第二九条第二項の規定に違反してされており、同法第一二三条第一項第一号の規定により、その特許を無効とすべきものと認める。
四 審決の取消事由
審決は、本件発明と第一引用例記載のものとを対比判断するに当たり、両者の構成を誤認した結果、両者が「天井等に斜設して固定板に枢支せられた伸縮自在部材の下端部をスクリーンの下端部に定着せしめた点」で一致すると誤つて認定し、かつ、両者の相違点について判断するに当たり、本件発明及び第二引用例記載のものの構成及び作用効果を誤認した結果、相違点に係る本件発明の構成は当業者が容易になし得たものと誤つて判断したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。
1 スクリーンを使用するためスクリーンを拡開した時、投影装置よりの投影光中心線が、スクリーン面に直角に投影できるようにするためには、スクリーン面を傾斜させる必要があり、かつ傾斜させた状況で平面を保たせる必要がある。そのために、本件発明は、「天井等1に斜設して取り付けた固定板2に枢支せられた伸縮自在連杆3、3・・・の下端部をスクリーン4の下端部に定着せしめ、」との構成を採用したものであり、右特許請求の範囲の記載には、図面(別紙図面(一)参照)中に用いられた記号が付されていること、伸縮自在連杆によつて、スクリーンを希望の長さに(伸縮途中で)停止させて固定し、スクリーン不使用時にはスクリーンを収納するため伸縮自在連杆の縮閉を繰り返す場合、スクリーン面によじれを生じさせないようにすることが絶対不可欠であることからして、伸縮自在連杆はパンタグラフ様の伸縮自在連杆であることが明らかである。
そして、本件発明は、前記構成により次の作用効果を奏するものである。
(イ) 伸縮自在連杆を拡開突出させることによりスクリーンを投影に必要な長さだけ拡開することができる。
(ロ) 伸縮自在連杆の拡開方向にスクリーンが傾斜され、かつこの角度を、投影機からの投影光中心線をスクリーン面に直角に投影できるような角度に保持できるから、投影機からの投影がスクリーン面に正確に写し出される。
(ハ) スクリーンを完全に収納した時、伸縮自在連杆はひし形から一直線になり、スクリーンの背後に隠されるためスクリーン不使用時の空間利用が一〇〇%可能となる。
(ニ) スクリーンがスクリーンケースに巻き戻される時、スクリーン面にねじれを生じさせるような力が働かないので、スクリーンの布などにしわを生じさせたり、巻戻し装置に故障を生じさせたりしない。
(ホ) 伸縮自在連杆の連結可動部に摩擦抵抗を加え、その位置を保持固定できるので、スクリーンの伸縮拡開がワンタツチで希望の長さに容易にでき、かつ伸縮、拡開、停止が極めて容易にできる。
(ハ) スクリーンの伸縮、拡開、停止、完全収納が極めて容易にできるため、スクリーンの巻取りシヤフトをモータ機構と組み合わせることにより電動操作を可能とさせる。
これに対して、第一引用例記載のものは、天井14より吊下げられ、かつ、斜設して固定できるように取り付けたアングルプラケツト26に、口径の大きいパイプに口径の小さいパイプを挿入した棒状の支柱20の上端をボルト24で枢支し、支柱20の下端をスクリーン18の下端部19の中央部分に定着させ、口径の小さいパイプを大きいパイプの中に入れたり出したりして、その長さを伸縮できる構成のスクリーン傾斜装置である。
このように、第一引用例記載のものは、口径に大小のある二つのパイプを組み合わせた棒状の支柱を用いたもので本件発明とは構成を異にしている。その結果、第一引用例記載のものは、本件発明の(ロ)の作用効果を奏することはできるが、その余の点では次のような差異がある。(イ)については、口径の大きいパイプの中に口径の小さいパイプを挿入するものであるため、口径の小さいパイプの長さしか縮小できない。(ハ)については、一本の棒状であるため、スクリーンを完全に収納したとき、連杆からスクリーン下端部を離して巻き戻すと、連杆がスクリーンの背後にかくれず、そのためスクリーン不使用時の空間利用が一〇〇%可能ではない。(ニ)については、スクリーンをスクリーンケースに巻き戻すには、連杆の下端に取り付けてあるスクリーン下端部との結合部を外す方法を用いるのでスクリーンのねじれ巻きの問題は起こらない。(ホ)については、スクリーンの伸縮拡開がワンタツチで希望の長さにできず、大口径パイプと小口径パイプをつなぐネジをゆるめ、スクリーンを拡開してからネジをしめなければならない。スクリーンを収納するときは、これと逆の作業を必要とする。(ヘ)については、本件発明の作用効果を奏し得ない。
しかるに、審決が両者は「天井等に斜設して取り付けた固定板に枢支せられた伸縮自在部材の下端部をスクリーンの下端部に定着せしめた点」で一致すると認定したのは誤りである。
2 第二引用例記載のものは、天井より吊下げられたスクリーンケーシング12の横板30に、スクリーンを全開したときの長さの約二分の一の長さの上部管22の上端をピポツト28でゆるやかにつなぎ、それと下部管24を継手52によつてゆるく保持してつなぎ、その下部管24の下端を、スクリーン下端部の中央部分に設置されているハンドル38に固定し、上部管22と下部管24は、継手52を介して「く」の字形に折れ曲がつたり、一直線に伸長したりする構成のスクリーン装置である。
このように第二引用例記載のものの支柱は、単にスクリーンを全面拡開した時、スクリーンの巻戻しを阻止して拡開状態を保持するための一本の支柱をスクリーン使用終了後二つに折り曲げてスクリーンケースのかげに隠れるようにするためのものであつて、本件発明の伸縮自在連杆とは構成を異にする。その結果、本件発明とは作用効果において次のような差異がある。(イ)については、スクリーンを希望する必要な長さに拡開してその位置で保持することは不可能で、常に全部スクリーンを拡開しなければ支持棒としての役割を果たせない。(ロ)については本件発明の持つ作用効果は全くない。(ハ)については、スクリーンを完全に収納した時、伸縮連杆は完全に折れ曲がり、スクリーンケースの背後に隠される。(ニ)については、スクリーンをスクリーンケースに巻き戻す時、スクリーン下端中央部で伸縮連杆と結合しているハンドルを右もしくは左に回わして、連杆支持棒を「く」の字形に折り曲げる必要があり、そのためスクリーン面にねじれを生じさせる力が働く危険がある。(ホ)については、スクリーンの伸縮拡開がワンタツチで希望の長さにできず、スクリーンを全開して支持棒で巻戻しを阻止する方法でスクリーンの全開状態を保持できるにすぎない。(ヘ)については、本件発明の作用効果を奏し得ない。
したがつて、第一引用例記載のものの前記部材に代え
したがつて、第一引用例記載のものの前記部材に代えて、第二引用例記載のものの伸縮連杆を適用しても、本件発明の構成を得ることはできないから、相違点についての審決の判断は誤りである。
この点について、被告は、伸縮させる必要がある部材としてパンタグラフを用いるのは、古典的カメラのジヤバラ支持部材、電車のジヤバラ連絡部の支持部材、張出し自在としたテントの支持部材等に古くから常用されており、当業者であれば、これらの技術を転用することは容易であるから、第一引用例記載のものの部材に代えて、第二引用例記載のものの伸縮自在連杆を適用すれば、本件発明の構成を得ることは容易である旨主張する。
しかしながら、被告が例示するパンタグラフ様支持部材は、これによつて解決しようとしている問題点が本件発明によつて解決しようとしている技術的課題(拡開縮閉するスクリーンに平均的な張力を与えて、スクリーンが傾斜した状熊で平面状態を保持し、かつその拡開縮閉を繰り返しても、スクリーンによじれを生じさせないようにする点)とは全く異なるものであり、構成及び作用効果をも異にするものである。しかも、第二引用例記載のものの伸縮連杆は、一本の支持棒を「く」の字形に折り曲げることだけを目的として前記構成としたものであるから、本件発明の伸縮自在連杆とは、解決しようとする技術的課題、構成及び作用効果を異にしており、これによつて本件発明を得ることができないことは明らかである。
第三 請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三の事実は認める。
二 同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
1 第一引用例記載のものの構成及び作用効果が原告主張のとおりであることは認める。
しかしながら、本件発明の特許請求の範囲には、「天井等1に斜設して取り付けた固定板2に枢支せられた伸縮自在連杆3、3」と規定されているだけで、「パンタグラフ様伸縮自在連杆」とは限定されていない。また、本件明細書を詳細に検討しても伸縮自在連杆をパンタグラフ様に限定する記載は見いだせない。
また、原告が主張する本件発明の作用効果は、パンタグラフ様伸縮自在連杆であることを前提とするものであり、その前提が誤つている以上、これをもつて本件発明の奏する作用効果とはいえない。
この点について、原告は、本件発明の特許請求の範囲の記載に図面中に用いられた記号が付されていることをパンタグラフ様伸縮自在連杆に限定する根拠としているが、そうであれば、本件発明の伸縮自在連杆は、「くの字形」又は「くの字形様」伸縮自在連杆を意味することになり、この構成は第二引用例記載のものと異ならない。
そして、本件発明の「斜設して取り付けた固定板」と第一引用例記載のものの「斜設して固定できるように取り付けたアングルブラケット」とは同一の機能を有するものであるから、両者は「天井等に斜設して固定板に枢支せられた伸縮自在部材の下端部をスクリーンの下端部に定着せしめた点」で一致するとした審決の認定に誤りはない。
2 第二引用例記載のものの構成及び作用効果が原告主張のとおりであることは認める。
しかしながら、本件発明の伸縮自在連杆がパンタグラフ様のものに限定されないことは前述のとおりであり、したがつて、本件発明の伸縮自在連杆は、スクリーンを適当な長さに拡開してその状態を維持できるものではなく、単にスクリーンを全長拡開した状態で支持するものであるにすぎないから、第二引用例記載のものの「上部管22と下部管24が継手52でつながれ、くの字形に折り曲がり得るもの」を含むものである。
そして、第一引用例も第二引用例もともにスクリーン装置のスクリーン伸張手段に関するものであるから、第一引用例記載のものの前記部材に代えて、第二引用例記載のものの伸縮自在連杆を適用して本件発明の構成を得ることは、当業者であれば容易に想到し得たことがある。
仮に、本件発明の伸縮自在連杆がパンタグラフ様のものに限定されるとしても、第一引用例には、本件発明の「天井等1に斜設して取り付けた固定板2」が「アングルブラケット26」として開示されており、かつ「投影機5よりの投光中心線6が直角に投影できるようにした」スクリーン拡開時の傾斜が、この「斜設状態の固定板としてのブラケット」に「枢支」された「支柱」でなされているものとして開示されているから、本件発明の構成で第一引用例に開示されていないのは、パンタグラフ様に限定された伸縮自在連杆だけにすぎない。そして、第二引用例記載のものの伸縮自在連杆は、パンタグラフの概念で表される伸縮自在な菱形部材の二分の一の構成を有するものであり、巻戻し用バネの巻戻し力に抗したり、スクリーン自重に対して安定した支持をなせるかは、バネ力やスクリーン自重に対する設計条件上の問題であつて、使用する杆材の材質や太さ、枢着部分の強度等を考慮すれば、スクリーンを安定的に拡開突出させ、スクリーンを拡開するだけで投光機から投光中心線が直角に投影できるようにスクリーンを傾斜できるものであるから、本件発明と等価の作用効果を発揮することができるものである。
加えて、伸縮させる必要がある部材としてパンタグラフを用いるのは、古典的カメラのジヤバラ支持部材、電車のジヤバラ連結部の支持部材、張出し自在としたテントの支持部材等に古くから常用されており、当業者であればきわめて容易にこれらの技術を転用できるから、第一引用例記載のものの前記部材に代えて、第二引用例記載のものの伸縮自在連杆を適用すれば本件発明の構成を得ることは当業者にとつて容易になし得たことである。
第四 証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いのない甲第二号証によれば、本件発明は視聴覚教育におけるスクリーン装置に関するものであつて、従来使用されているオーバヘッドプロゼクターは、斜め方向の下方より投映するので映写画面をスクリーンに対し正確に映し出すため、スクリーンを傾斜させて光線の中心線をスクリーンに直角に投光させる必要があり、その方法としてスクリーンを垂直に下ろして拡開し後方の壁に紐等で引張り掛着等をして傾斜を保つ方法が用いられているが、この方法では、壁がない場合極めて不便であり、壁があつても場所の関係で傾斜角度に対して常に理想的に取り付けられるとは限らず、また、壁を傷損する等の欠陥があつた(本件発明の出願公告公報(以下「本件公報」という。)第一欄第一八行ないし第三一行)との知見に基づき、従来の不便を除去し、かつスクリーンの不使用時にはスクリーン自体を天井面に巻き込んで収納し、必要に応じてスクリーンを引張り出し、その状態において常に理想的傾斜角度を保持することのできるスクリーン装置を提供すること(同欄第三二行ないし第二欄第一行)を技術的課題(目的)とし、特許請求の範囲(本件発明の要旨)記載の構成(本件公報第一欄第一一行ないし第一六行)を採用したものであると認められる。
そして、さらに、本件発明の要旨とする伸縮自在連杆について検討すると、前掲甲第二号証によれば、特許請求の範囲には、伸縮自在連杆は「天井等1に斜設して取り付ける固定板2に枢支」されるものであるが、「伸縮自在連杆3、3・・・」と表現され、かつこの「伸縮自在連杆3、3・・・の下端部をスクリーン4の下端部に定着せしめ」たことにより「スクリーン4を拡開した時、投影機5よりの投光中心線6が直角に投影できるようにした」ものであると規定されていること、本件公報の発明の詳細な説明には、本件発明の一般的説明として、「投影機5を使用しない場合はスクリーン4をケース7内に収納せしめておき、使用する場合は手動又は電動等によつてスクリーン4を引張り出すのであるが、このスクリーン4の上端部は捲取軸8に固定され、下端部は伸縮用連杆3、3の下端部に定着されているので、単に伸縮用連杆3、3を拡開突出せしめることによつてスクリーン4は拡開せられ、而も、その連杆3、3の拡開方向に傾斜せられ、かつ、この角度を保持できるから、投影機5の投光がスクリーン4に対して正確に映し出されることになるのである又拡開した状態を保持せしめる為にはスクリーン4と伸縮自在な連杆3、3との取付用ナツト12を緊締する等して自在に調整できる」(第二欄第二四行ないし第三欄第一行)と記載されていることが認められる。
右認定事実によれば、本件発明における伸縮自在連杆は、伸縮自在な複数本の連杆により成るものであり、各々の伸縮自在連杆の上端部は固定板に枢支され、下端部にはスクリーンの下端部が定着され、複数本の伸縮自在連杆を伸ばすことによつてスクリーンが拡開され、スクリーンと伸縮自在連杆とを取付用ナツトで緊締するなどの万法によつて拡開された状態が保持され、スクリーンの拡開を自在に調整できるものというべきであり、かかる構成を採用したことにより、スクリーンを必要な長さだけ拡開し、必要とする傾斜角度にこれを保持することができ、不使用時にはスクリーンを天井等に巻き込んで収納することができるという顕著な作用効果を奏するものと認められる。
原告は、本件発明の伸縮自在連杆はパンタグラフ様伸縮自在連杆に限定される旨主張するのに対し、被告は、本件発明の特許請求の範囲にはそのような限定はなく、また、本件明細書を詳細に検討しても伸縮自在連杆をパンタグラフ様なものに限定する記載は見いだせない旨主張する。
本件発明の特許請求の範囲には、「天井等1に斜設して取り付けた固定板2に枢支せられた伸縮自在連杆3、3・・・」と規定されており、「パンタグラフ様伸縮自在連杆」とは限定されていないことは被告主張のとおりであり、右特許請求の範囲には各部材ごとに符号が付けられているが、これらの符号は、特許請求の範囲に記載された技術内容を理解するために具体的数字に基づいて記載された実施例の図面に使用された符号と同一の符号を用いたにすぎず、このことからこの符号の付された実施例と同一のものに限定されるものではない。しかしながら、本件発明の特許請求の範囲には、この「伸縮自在連杆3、3・・・の下端部をスクリーン4の下端部に定着せしめ」たことにより「スクリーン4を拡開した時、投影機5よりの投光中心線6が直角に投影できるようにした」ものであると規定されており、このことに本件公報の発明の詳細な説明中の前記認定の記載を参酌してその技術内容を検討すると、本件発明の伸縮自在連杆は、スクリーンの拡開を自在に調整できる構成のものであることを要し、それ故に「伸縮自在」と規定されているのであつて、このようにスクリーンの拡開を自在に調整できないものは、本件発明における伸縮自在連杆に含まれないというべきである。
2 原告は、本件発明と第一引用例記載のものとは、「天井等に斜設して固定板に枢支せられた伸縮自在部材の下端部をスクリーンの下端部に定着せしめた点」で一致するとした審決の認定は誤りである旨主張する。
第一引用例記載のものは、天井14より吊下げられ、かつ、斜設して固定できるように取り付けたアングルブラケツト26に、口径の大きいパイプに口径の小さいパイプを挿入した棒状の支柱20の上端をボルト24で枢支し、支柱20の下端をスクリーン18の下端部19の中央部分に定着させ、口径の小さいパイプを大きいパイプの中に入れたり出したりして、その長さを伸縮できる構成のスクリーン傾斜装置であつて、口径の大きいパイプの中に口径の小さいパイプを挿入するものであるから、スクリーンを口径の小さいパイプの長さしか縮小できないことは、当事者間に争いがない。
そこで、本件発明と第一引用例記載のものとを対比すると、両者は、天井等に斜設して取り付けた固定板(第一引用例記載のものにおけるアングルブラケツト26)に枢支せられた伸縮連杆の下端部をスクリーンの下端部に定着せしめ、このスクリーンを拡開した時、投影機よりの投光中心線が直角に投影できるようにしたスクリーン傾斜装置である点で一致し、伸縮連杆として、本件発明はスクリーンの伸縮のためにスクリーンの拡開を自在に調整できる伸縮自在連杆を用いているのに対し、第一引用例記載のものは、口径の大きいパイプに口径の小さいパイプを挿入した棒状の支柱を用いる点で相違している。そうであれば、両者は伸縮連杆の構成を除くその余の構成が一致しているというべきであるが、第一引用例記載のものはスクリーンを口径の小さいパイプの長さしか縮小できないものであるから、これをもつて「伸縮自在支柱」とし、「伸縮自在部材」を用いる点で両者は一致するとした審決の認定は誤りである。
しかしながら、審決は、伸縮自在部材が、本件発明は伸縮自在連杆であるのに対し、第一引用例記載のものは伸縮自在支柱である点を両者の相違点として認定し、右相違点について、第一引用例記載の伸縮自在支柱に代えて第二引用例記載の伸縮自在連杆を用いて本件発明の構成とすることは当業者が容易になし得たものと判断しているのであるから、審決に取り消すべき違法があるか否かは、結局右相違点の判断の当否に帰着し、伸縮自在部材を用いる点で両者は一致すると認定したこと自体は審決の結論に影響を及ぼすものではない。
3 原告は、本件発明と第一引用例記載のものとの前記相違点に関する審決の判断は誤りである旨主張する。
そこで、第二引用例記載のものの技術内容について検討すると、第二引用例記載のものは、天井より吊下げられたスクリーンケーシング12の横板30に、スクリーンを全開したときの長さの約二分の一の長さの上部管22の上端をピボツト28でゆるやかにつなぎ、それと下部管24を継手52によつてゆるく保持してつなぎ、その下部管24の下端を、スクリーン下端部の中央部分に設置されているハンドル38に固定し、上部管22と下部管24は、継手52を介して「く」の字形に折れ曲がつたり、一直線に伸長する構成のスクリーン装置であること、第二引用例記載のものの上部管22と下部管24とが継手52でつながれたものから成る伸縮連杆は右のような構成であるためスクリーンを希望する必要な長さに拡開してその位置で保持することが不可能であり、常に全部スクリーンを拡開しなければ支持棒としての役割を果せないことは、当事者間に争いがない。
そうであれば、第二引用例記載のものの伸縮連杆は、本件発明の伸縮自在連杆のようにスクリーンの拡開を自在に調整できる構成のものではなく、スクリーンを必要な長さだけ拡開し、必要とする傾斜角度にこれを保持できるという作用効果を奏し得ないものであることが明らかである。
したがつて、第一引用例記載のものにおいて、その口径の大きいパイプに口径の小さいパイプを挿入した棒状の支柱に代えて第二引用例記載のものの伸縮連杆を用いても相違点に係る本件発明の構成を得ることができないというべきである。
この点について、被告は、本件発明の伸縮自在連杆は単にスクリーンを全長拡開した状態で支持するにすぎないから、第二引用例記載の「上部管22と下部管24が継手52でつながれ、くの字形に折り曲がり得るもの」を含む旨主張する。
しかしながら、本件発明における伸縮自在連杆は、スクリーンの拡開を自在に調整できる構成のものであることは前述のとおりであり、スクリーンを希望する必要な長さに拡開してその位置に保持できない第二引用例記載のものの伸縮連杆はスクリーンの拡開を自在に調整できる構成でないことは明らかであるから、被告の右主張は理由がない。
また、被告は、第二引用例記載のものの伸縮自在連杆は、パンタグラフの概念で表される伸縮自在な菱形部材の二分の一の構成を有し、本件発明と等価の作用効果を発揮することができるものであり、加えて、伸縮させる必要がある部材としてパンタグラフを用いるのは、古典的カメラのジヤパラ支持部材、電車のジヤバラ連結部の支持部材、張出し自在としたテントの支持部材等に古くから常用されていることから、第一引用例記載のものの前記部材に代えて第二引用例記載のものの伸縮自在連杆を適用すれば本件発明の構成を得ることは当業者にとつて容易になし得たことである旨主張する。
しかしながら、被告が慣用の技術として例示するものは、本件発明とは技術分野及び解決すべき技術的課題を異にするのみならず、そもそも第二引用例記載のものの伸縮連杆が本件発明の伸縮自在連杆とその構成及び作用効果を異にすること前述のとおりである以上、第一引用例記載のものの前記部材に代えて第二引用例記載のものの伸縮連杆を適用しても相違点に係る本件発明の構成を得られないのであるから、被告の右主張は理由がない。
したがつて、「第一引用例記載のものの前記部材に代えて第二引用例記載のものの伸縮自在連杆を用いることに格別の困難を要するものとは認められないから、相違点に係る本件発明の構成は当業者が容易になし得たことである」とした審決の判断は誤りである。
4 以上のとおりであつて、審決は、本件発明と第一引用例記載のものとの相違点についての判断を誤つた結果、本件発明は策一引用例及び第二引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたとしたものであるから、違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 岩田嘉彦)
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
別紙図面(三)
<省略>